5月15日 (日)  アオダイショウ

今日の朝日新聞の一面下の方のコラム、天声人語は、ここ数年、私が常々思っている事でした。
以下、長くなりましょうが、紹介いたします。

 去年の5月、東京西郊の公園でチョウチョウをめぐってパトカーが出動する騒ぎがあった。
 良く晴れた日の昼前の事だ。数人の男女がそれぞれにカメラを構え、虫や鳥を撮影していた。そこへ保育園児が10人ほどやってきた。「さあチョウチョを捕まえるぞ。」引率の男の先生が捕虫網を配り始めると、カメラを持った男性が制した。「ここではチョウは捕らない決まりです」
 先生の記憶ではたちまち険悪な空気になった。「何年も前からここで虫を捕ってきた」と言うと、「羽化したばかりのチョウを捕るのはよくない」と切り返され、口論になったという。撮影(者側)の一人が携帯電話で110番に通報し、パトカーが来た。警官は双方から言い分を聴いた。「お気持ちはわかるが、お互いもうこの辺で」
 40年前から昆虫の標本作りを教えてきた元教諭にも似た経験が有る。数年前、秩父地方で網を手に夫婦で昆虫を観察していたら、後でささやく声がした。「あの人、自然を破壊しているのよ」。若い母親がこちらを指差して、子供に言い聞かせていたという
 確かにこの時代、花も虫も貴重な存在だ。それでも、草木を手折り、虫を生け捕りにするのは、幼い世代の大切な体験だろう。「子供が採集したくらいで絶滅する昆虫などいません」と先の元教諭は話す。
 言い争う大人を見て、園児たちは虫捕りがきらいになった。網を手に公園へ連れ出そうとすると、今でも「またパトカーが来る」と渋る。あの騒ぎが残した傷だろう。

 この文を読んで、私は、落ち込みました。。。
 正に、今の世の中の昆虫採集と云う趣味に対する位置を表しています。
 私が子供の頃から採集をしていた裏山は、今や、「市民健康の森」なる、大人の箱庭に成り下がり、ご丁寧に入り口には、昆虫の採集を禁止。捕虫網の持ち込みを禁ずる。と、あります。
 其の一方で、管理している(?)大人がやっている事といえば、
  何処から連れて来たのか、ホタルやオオムラサキを育てる。
  バッタの草原。と、いう名の立ち入り禁止の芝生を育てる。
 ナンナンデショウ・・・・

 私は其処へ、もう、2年、足を踏み入れていません。。。。
 毎日のように居たのに。。。。

さて、今日の蟲は、実家の花壇にある、芍薬の鉢に居た、アオダイショウの2年生です。
我奥様は、「家に入れないでね!!!」と、怒っていました。。。
綺麗な、可愛い仔でした。

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